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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)107号 判決

原告 ポーテージ・マシーン・コンパニー

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和四四年五月二八日同庁昭和三六年抗告審判第二九号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一  原告は、名称を「三次元罫書き装置」とする発明について、一九五八年(昭和三三年)三月二四日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三四年三月二三日特許出願をしたが、昭和三五年八月五日拒絶査定を受けたので、昭和三六年一月一〇日これに対する抗告審判を請求した(昭和三六年抗告審判第二九号)ところ、昭和四一年一〇月五日出願公告され、藤岡精工株式会社ほか二名から特許異議の申立があつた後、特許庁は昭和四四年五月二八日右請求は成り立たない旨主文掲記の審決をし、出訴期間につき附加期間を三か月と定め、右審決の謄本は同年六月七日原告に送達された。

(発明の要旨)

二 本願発明の要旨は「(1)横向に走る細長い案内装置を有する水平定盤で使用するための罫書き装置にして、(2)前記案内装置に沿つて滑動可能に前記定盤上に支持されるべき底部材と、(3)右底部材から前記定盤に対して直角に延出した直立脚柱と、(4)右直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置と、(5)前記直立脚柱に対し直角方向に摺動し得るように前記取付用加減装置によつて担持され右加減装置に対し軸線方向の相対運動は可能であるがその軸線のまわりの回転運動は錠止された細長い横棒と、(6)右横棒上にその軸線に対し平行に設けられた第一目盛と、(7)前記直立脚柱上にその軸線に対し平行に設けられた第二目盛と、(8)前記横棒の一端に隣接して装架された第一及び第二の罫書き針を有し、(9)右第一の罫書き針は前記第一目盛に直角な面内で枢動し得るようにされて定盤上の工作物上の相隔たる点間の水平距離を前記第一目盛上で測定することができ、(10)前記第二の罫書き針は前記第二目盛に直角な面内で枢動可能にされて、工作物上の相隔たる点間の垂直距離を前記第二目盛で測定することができる」罫書き装置(別紙図面参照)というのである。

(審決の理由)

三 審決は、その理由中において、本願発明の要旨を前項のとおり認定したうえ、次のように要約される判断を示している。

昭和七年実用新案出願公告(第一〇六二八号公報(以下「第一引用例」という。)には「横向に走る細長い案内装置を有する水平盤で使用するための罫書き装置にして、前記案内装置に沿つて滑動可能に前記定盤上に支持されるべき底部材と、右底部材から前記定盤に対して直角に延出した直立脚柱と、右直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置」が、また、米国特許第二、五九四、四五七号明細書(昭和二七年九月一五日特設庁資料館受入)(以下「第二引用例」という。)には「直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置と、前記直立脚柱に対し直角方向に摺動し得るように前記取付用加減装置によつて把握され、右取付用加減装置に対し軸線方向の相対運動は可能であるがその軸線のまわりの回転運動は錠止された細長い横棒と、右横棒上にその軸線に対し平行に設けられた第一目盛と、前記直立脚柱上にその軸線に対し平行に設けられた第二目盛」を備えた罫書き装置が、さらに、特許第一一九六五九号明細書(以下「第三引用例」という。)には罫書き針を罫書き針取付腕に対して直角な面と水平な面で枢動し得るようにした構成がそれぞれが示されている。してみれば、第二引用例に示されるような罫書き装置において、これを、第一引用例に示されるように横向に走る細長い案内装置を有する水平定盤に対し滑動可能にし、また、その横方向部材に取り付ける罫書き針を第三引用例に示されるように横方向部材に対して直角な平面と水平な平面で枢動し得るようにすることは、いずれも罫書き装置に関する各引用例のものの構成部分の寄せ集めであつて、これにより新たな作用効果が生じるものとは認められないので、当業者が必要に応じて容易になし得ることである。そして、本願発明において、その明細書、図面の記載及び出願人(本件原告)の主張を見ても、第一、第二の罫書き針は、それぞれ別個独立に使用されるものであつて、両者の間に第三引用例に示されるような罫書き針によつては得られない作用効果を生じるような特殊な関係があるものとは認められないので、その発明の要旨中、(8)ないし(10)の構成は、第三引用例における罫書き針の取付構造を第二引用例における罫書き針の横方向部材への取付に適用したものと比較して作用効果に差異のない設計変更の域を出ないものと認められる。したがつて、本願発明は、本願出願前公知の第一ないし第三引用例に記載された技術内容から当業者が容易に推考し得るものであり、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の発明とはいえない。

(審決の取消事由)

四 本願出願前公知の各引用例記載の技術内容が審決認定のとおりであること、本願発明の各構成が本願出願前公知であつたことは争わない。しかしながら、右審決は、本願発明の特許請求の範囲に記載された発明の要旨の順序に結合させた構成によつてもたらされる後記のような相乗的作用効果を看過した結果、本願発明をもつて各引用例記載の技術内容から当業者が容易に推考し得るものと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。すなわち、

本願発明は、前記(1)ないし(10)の構成により、罫書き装置として、特に鋳物の罫書きに適し、定盤上に置かれた鋳物に対し、罫書き作業の行われる間、鋳物を移動させることなく、三次元の罫書きを行うことができるのであつて、中でも各引用例のものが単独ではもたらし得ない次のような新たな作用効果を奏する。

(イ)  (8)及び(10)の構成により、水平に枢動する罫書き針をもつて工作物上に水平線を罫書くことができる。

(ロ)  (5)、(8)、(9)及び(10)の構成により、横棒の端部付近に設けられた二つの罫書き針が、従来横棒に邪魔されて到達不能であつた工作物、特に鋳物の穴の中まで到達し、穴の壁上に罫書くことができる。

(ハ)  同構成により、定盤上に置かれた工作物の一つの側の罫書きを終えた後、横棒を移して引き続き、反対側の罫書きをすることができ、特に横棒を上方に動かしても跨ぐことができない程、丈の高い工作物の場合でも、これを据え直す必要がない。

(ニ)  (8)、(9)及び(10)の構成により、二本の罫書き針が互に独立しながら、無関係ではなくし、これを平行と直角との両面の二様の罫書きに使い分けるにも第三引用例のもののように一本の罫書き針の取付替えをする必要がないから、作業能率に格段の差異があるのみならず、針の取付替えに伴う基準点の喪失による精度の低下がない。

(ホ)  (10)の構成により、第二の罫書き針が横棒の先端から突出して水平に枢動するので、横棒に平行な面のみならず、直角な面にも罫書くことができる。

第三答弁

被告指定代理人は請求の原因について次のとおり述べた。

一  原告主張の前掲一ないし三の事実は認める。

二  同じく四の点は争う。もつとも、本願発明がその構成の寄せ集めにより原告主張の(イ)ないし(ホ)の作用効果を奏することは認めるが、これらはいずれも格別のものとはいえない。すなわち、

(イ)のような水平線の罫書きは第一引用例及び第三引用例のものにおいても可能である。

(ロ)のような穴の壁上の罫書きは、罫書き針が穴の中に入つて動くことができれば、可能となるものであるから、各引用例のものにおいても可能であつて、本願発明がその要旨から、各引用例のものと異なり、特に穴の中の罫書きに適した構成であることは認められない。

(ハ)のように工作物を移動させないでその両側を罫書くことは第二引用例のものにおいても摺動可能な横棒を左側から工作物の反対側に移動させることによつて可能である。

(ニ)のような罫書き針の取付については、本願発明において規定されていない。一方、第三引用例のものにおいては、一本の罫書き針を水平面と垂直面との二様に動かすことができるようにするためその取付孔としてこれに応じる二種のものを別個に設けているが、それは二本の罫書き針を常時取付けるようにしても、一つの線を罫書くには一本の罫書き針で事足り、かえつて他の罫書き針が邪魔になることを慮つたものであつて、これによる作業能率には本願発明に求め得ないものがあり、また、罫書き針の取付替えに伴う基準点の喪失のごときはその位置決定を正確に行う構成によつて十分に避けられるから、精度についても不安はない。

(ホ)のように横棒に平行な面及び直角な面に罫書くことは、第三引用例のものにおいても罫書き針の先端が横棒の先端から出てさえいれば可能である。

第四証拠〈省略〉

理由

一  前掲請求の原因事実中、本願発明につき、出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、右審決の取消事由の存否について判断する。

(一)  前示一の本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第一号証(本願特許公報)によれば、本願発明はその要旨中、(1)ないし(10)の事項により構成されていることが認められるが、その各構成がいずれも本願出願当時公知であつたことは原告の自認するところである。そして、一方、本願出願前公知の各引用例に審決認定の技術が開示されていることは原告の自認するところであるが、右事実によると、第一引用例に示されている技術は本願発明の(1)ないし(4)と同一構成の取付用加減装置であり、第二引用例に示されている技術は本願発明の(4)ないし(7)と同一構成の罫書き装置であり、また、第三引用例には、本願発明の(8)ないし(10)の構成のうち、罫書き針をその取付部材に対し直角な面と水平な面とに枢動し得るようにした技術が示されているものということができる。したがつて、本願発明は、いずれにしても、複数の公知技術の寄せ集めによつて構成されているものといわなければならない。

(二)  ところが、本願発明がその構成の寄せ集めにより原告主張の前掲(イ)ないし(ホ)の作用効果を奏することは当事者間に争いがない。そして、その作用効果が従来技術によつて得られるものか否かについて検討すると、次のとおりである。

1  成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例のものによつては、工作物の前面及び後面に水平線を罫書くことができるが、左側面及び右側面には水平線を罫書くことができないことが、成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例のものによつては、工作物の前面、後面、左側面及び右側面のいずれにも水平線を罫書くことができないことが、また、成立に争いのない甲第六号証(第三引用例)によれば、第三引用例のものによつては、工作物の前面及び右側面に水平線を罫書くことができるが、工作物の後面及び左側面には水平線を罫書くことができないことがそれぞれ認められるから、結局、いずれの引用例のものによつても工作物の左側面には水平線を罫書くことができないものといわなければならない。ところが、前出甲第一号証によれば、本願発明において水平線の罫書きが可能な工作物の面は、前面、後面、左側面及び右側面のすべてにわたるものであることが認められる。したがつて、本願発明の(イ)の作用効果は、少くとも工作物の左側面上の水平線の罫書きも可能な点において、各引用例にない新たなものというべきである。

2  前出甲第四ないし第六号証によつても、各引用例のものの罫書き針が工作物の穴に到達可能な構造をしていることは示されていないから、これによつて工作物の穴の中の罫書きが可能であるということはできない。したがつて、本願発明の(ロ)の作用効果は各引用例にない新たなものというべきである。

3  前出甲第六号証によれば、第三引用例のものにおいては、横棒を定盤上の工作物の一方の側から反対側に移すことができない(これがため、前記のように、工作物の後面に水平線の罫書きも不可能になる。)ことが認められ、また、前出甲第五号証によれば、第二引用例のものは、もともと、型板の外形を投影する湾曲面上に所要の曲線を描くことを意図したものであつて、立体罫書き(三次元の罫書き)を意図したものでないため、罫書きをするには、横棒を柱上に固定して摺動させず、基部を基盤上に動かすことによるほかなく、また、定盤上には横棒を工作物の一方の側から反対側に移動させる案内装置もない(これがため、前記のように、工作物のいずれの面の水平線の罫書きも不可能になる。)ことが認められる。したがつて、第二、第三引用例のものには、横棒を移すだけで工作物の両側を引続いて罫書きすることを可能にする作用効果を期待することができない。ただ、前出甲第四号証によれば、第一引用例のものは、一応、そのような作用効果を有する(これがため、前記のように、工作物の後面に水平線を罫書くこともできる。)ことが認められるが、同時に、右引用例においては、横棒を工作物の一方の側から反対側に移すには工作物の上を跨がせる構造のため、工作物の丈が高きに過ぎて横棒を移すことができない場合も生じ得ることが認められる。したがつて、本願発明の(ハ)の作用効果は、少くとも工作物の丈にかかわらず、罫書き針を装架した横棒を移動させるだけで定盤上の工作物の両側を引続いて罫書きすることが可能な点において、各引用例にない新たなものといわなければならない。

4  次に、前出甲第六号証によれば、第三引用例のものにおいては、一本の罫書き針を、水平線罫書きと垂直線罫書き、あるいは縦線罫書きと横線罫書きとの相互移行の都度、回転番の上部孔と側部孔とに付け替えて用いるものであること、そのため、操作が繁雑たるを避けられず、また、付け替えの際、基準点の精度が狂うおそれもあることが認められるから、同引用例のものと、本願発明のように、水平方向の罫書と垂直方向の罫書きとにそれぞれ専用の罫書き針を備えたものとの間におのずから作用効果上の差異が生じるのは当然である。したがつて、本願発明の(二)の作用効果は右引用例にない新たなものというほかなく、これに牴触する被告の主張は理由がない。

5  しかし、第三引用例のものにおいても、罫書き針の先端が横棒の先端から出てさえいれば、これにより横棒に平行な面は勿論、直角な面に罫書くことは可能であると考えられる。したがつて、本願発明の(ホ)の作用効果を引用例にない格別なものということはできない。

(三)  以上によれば、少くとも右(イ)ないし(ニ)の作用効果(ただし、(イ)及び(ハ)のそれは一部)は、本願発明における各構成の結合によりはじめてもたらされたものであつて、各引用例のものには見られない顕著なものというべきであるから、本願発明は、その構成が公知であつて各引用例記載の技術であるとはいえ、これから容易に推考し得るものということはできない。したがつて、審決が右作用効果を看過し、本願発明をもつて各引用例記載の技術内容から当業者が容易に推考し得るものと判断したのは誤りというべきであるから、審決は違法たるを免れない。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 石井敬二郎 橋本攻)

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